批判より在り方

こんにちは、美容院をオープンして一年半が経ち、今まで集客と良いサロンの在り方のみを追求してきましたが、今は全く違うことで悩んでいます。

何かと言いますと、ちょっとまず経緯から書かせて下さい。

①緊急事態宣言が発令された時に美容院の営業停止を決めました。

②その後に「美容室は安定的な生活を営む上で必要な事業」と政府に言われたので営業を再開しました。

③一昨日、休業要請の対象になっていない美容室について、東京都は、自主的に休業した店舗に対して、最大30万円の給付金を支給すると発表しました。

こんな感じなんです。

そもそも横浜で営業してますから給付金は関係ありませんが、給付金がもらえるかどうかとかそんなことはどうでもいいんです。

国から「美容室は安定的な生活を営む上で必要な事業」と言われた以上、自粛でお客さんが来ないと分かっていても、営業したら休業支援や給付金が貰えないと知っていても、やるんです。お金とか損得とかリスクとかじゃなく、国がやれと言えばやる。

ただそれだけです。

では何を悩んでいるかと言いますと、国は必要な事業とは言っていますが、国の首都である東京都が事実上の休業要請をしているんですよね。神奈川県知事は、このことが発表される前ですが、東京都と足並みを揃えると言っていました。

横浜で美容院をやっているうちはどうするべきか。これを悩んでいます。

神奈川も東京と合わせるという、以前の取り決めと今回も変わらないなら休業するべきか、いや、その上位組織の国家に従うのが本来は正しい。

でもその国も混沌としていて、一業種のことに注意を払っている暇はない。

ならば自分で決めないといけない。

自分で考えるなら休業です。

国民全員が家から一歩も出ないで短期間で早く収束させるのが一番だから。

でも国は本当に休業を望んでいるのか。

こういう時にいつも頭をよぎるのが、自分は尊王攘夷や二二六事件の思想になっていないか?ということです。

自分の都合の良い方に、思想に合っている方に「国も、トップも、きっとそう思っているに違いない。」と考えてしまうことです。

国は営業しろと言っているけど、本当は東京都のように休業してほしいと思っている。でもそんなことを立場上、公言できないんじゃないだろうか、と思い込んでしまう危険な発想です。

任侠映画はいつもこれでトラブルが起こり、それが手打ちになるまでのストーリーです。
下っぱが「親分は口では言えないが、きっとあの組を獲って欲しいはずだ。」と、思い込んで暴走したり、または兄貴分から「親分の仇だ、男になってこい。」と、そそのかされて問題を起こす。そして組長に「なんてことをしてくれたんだ!」と怒られ「すいません、俺が勝手にしたことです!」となり、仲介の第三者の親分に相談していく。
そんな感じなんですね。(あ、ディスってないですよ、これがいいんですよ)

自分はこうなっていないか?と自問自答しています。

自分の損得、メリット・デメリットはとっくに外に置いている。

世間のため、顧客のため、社員のためというのも、心は痛むが外に置く。

組織のため、国のためにどうすべきか。日本が間違えているなら世界はどうか。

いろいろ考えて行動した結果、とんでもない間違いを起こすのではないか。そしてそれはただの自分の損得だったのではないか。

めちゃめちゃ恐ろしい話ですが、任侠映画はいつもこれです。

あれ、結局、任侠映画の話になっちゃいましたが、皆さんどう思いますか?

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